top of page

ウズベキスタンの仏教聖地を訪ねる②

  • 執筆者の写真: meditationtokyotak
    meditationtokyotak
  • 2025年9月18日
  • 読了時間: 6分
ファヤズテパ
ファヤズテパ

おかげさまで無事に帰国し、仕事もしながら日常に戻っております。


引き続き、ウズベキスタンの話の続きをします。


テルメズのホテルでタクシーチャーターを依頼し、ドライバーさんと料金の交渉。

遺跡群を回って、夕方までチャーターし、65米ドル!


さっそく、車を進めて最初に到着したのが「ズルマラ」という、中央アジア最大の

仏塔です。


ズルマラ(中央アジア最大の仏塔)
ズルマラ(中央アジア最大の仏塔)

周辺は綿花(コットン)の畑が一面に広がる場所に、ポツンと佇む遺跡。

囲いがあるわけでも無く、誰でも自由に出入りできてしまう状況・・・ある意味すごい。


クシャーナ朝カニシカ王の時代(2世紀ごろ)に建築されたと推定され、高さは約13メートル。日干し煉瓦で作られ、劣化が激しいようで、現在はセメントで固められたり補強の金具が入っているようです。


当時にしてみればかなり大きな建造物でしょうから、近隣の人々にしてみたら大きなお釈迦様の存在を気づかされたに違いありません。


ちなみに、周囲に生えている緑色の草ですが「危険草」です!


棘が鋭く、触れるとズボンや靴を貫通して肌に刺さります!一歩一歩踏まないように慎重に歩く様子を写真に収めました。


次に、訪れたのがファヤズテパ。(このブログのトップ画像です)


ファヤズテパのドーム内部・オリジナルの仏塔がある
ファヤズテパのドーム内部・オリジナルの仏塔がある

来訪者が仏像の絵を奉納したようです。たくさんの絵が置かれています。


このドームは保護のために後から作られたもので、内部には仏塔があります。元々は儀式を執り行う場所で、当時は蓮の花が飾られていたそうです。


ファヤズテパは、1世紀ごろに作られたと推定され、仏塔を中心に、僧院(お坊さんの住居区)、食堂、瞑想スペースなど様々な場所がある複合施設でした。


なぜそれが分かったかというと、1968年、この地域で仏像が発見されたからです。ウズベキスタンが旧ソ連だった頃です。政府が考古学的調査を実施し、修復をしてきました。


旧ソ連、東側諸国というと陰鬱なイメージがありますが、このような考古学的動きがあったのです。実に先進的な考えをもっていたのか知ることができる部分です。考えてみれば当たり前なのですが、旧ソ連は当時アメリカと世界を二分する大国でした。宇宙に有人ロケットを飛ばすことにも成功していて、科学技術のレベルも高かったんですよね。


自分の知らない世界のことは、どうしても偏見を持って見てしまいがちです。


改めて、自分の無知や偏見に気づかされました。


話をファヤズテパに戻します。


建設された当時、多くの美術品とともに、壮大なスケールで建築されたことがわかっています。誰がここを作ろうとしたのか、、、

それはいまだに不明なのですが、王様なのか、有力貴族なのか、あるいは豪商なのか、、、

誰か大店がバックにいて仏教へ帰依したために作られたことでしょう。


この壮大な仏教遺跡が残っているという事実が、仏教がこの場所に伝わってきて、とても大切にされていたということが分かる証拠と言えます。


しかし、やがてウズベキスタンにイスラム教が入り、徐々に仏教は廃れてしまいます。


9世紀ごろにはファヤズテパは放棄され、砂地に埋もれてしまったようです。

人々の記憶もやがて消え、忘れられた場所となったのです。


それが数百年の時を経て、旧ソ連によって発見されるとはとても歴史ロマンを感じる話です。



次に訪れたのがカラテパです。先ほどのファヤズテパから車で3~4分ほどの距離にあります。


ここは、中央アジア最大の仏教遺跡でもあり、約8haにも及ぶ広大な施設だったと推定されています。加藤九祚(かとうきゅうぞう)さんという元・国立民族学博物館名誉教授の方が人生を捧げて発掘調査を行った場所としても有名です。


先ほどのファヤズテパよりも野ざらしになっている印象を受けましたが、逆に言うと当時のまま残っているという状況です。

日干し煉瓦がところどころもろく崩れていたり、壁なのか傾斜なのかわからない盛り上がりがあったりします。


寺院跡の奥に進むと、洞窟があります。

この洞窟は、内部が部屋になっていて、広くなっている場所や個室に分かれている場所など様々な形状をしています。


おそらくですが、瞑想をしたり、住居にしていたり、何等かの儀式をしていたことでしょう。


仏典の中でも、お坊さんたちが郊外の森で生活をしたり、洞窟にこもって瞑想したりするシーンが出てきたりします。


この場所は、まさに仏典の情景を映し出しているようでした!


前回インドの聖地を訪ねた際は、僧院や寺院は現代風に整備されていたところばかりでした。お釈迦様がいたころの当時を偲ぶことはできなかったのです。しかし、カラテパにおいては遺跡や洞窟の雰囲気が、古文書である仏典の様子を彷彿とさせるのです。


書物が記録していることと、実際に目で見た様子とリンクした瞬間でもありました。


今回の旅で私が一番の目的にしていた、「仏教がシルクロードを経て世界へ伝播した」という歴史の事実を捉えることができたんです。とても興奮する瞬間でした!


テルメズ考古学博物館に収蔵されているファヤズテパからの出土品のレプリカ
テルメズ考古学博物館に収蔵されているファヤズテパからの出土品のレプリカ

遺跡巡りの翌日、答え合わせをするかのようにテルメズ考古学博物館へ行きました。

ここは、遺跡から出土した品々を展示している大規模な施設で、ゆっくり見て回ると1時間以上かかります。


仏教遺跡からの出土品の多くは「レプリカ」で、オリジナルは首都タシュケントにある歴史博物館にあるそうです。とはいえ、どんなものが出土しているのかよくわかりました。


仏像があるんです!(当たり前ですが)


ウズベキスタンで仏像や仏教の飾りがたくさん出土しているんです!


この場所に仏教は確かに根付いていたことがわかりました。



ちなみにですが、テルメズはウズベキスタンのもっとも南に位置する街で、川向うはすぐ「アフガニスタン」です。

観光を兼ねて、アル・ハキム廟というイスラム教の聖地を訪れた際に、有刺鉄線で守られたフェンスがありました。崖の向こう側はもうアフガニスタンです。こうした場所に来られたことも感慨深いシーンの一つでした。


アフガニスタン料理?らしい
アフガニスタン料理?らしい

夕食にはテルメズでも有名な「BEST」という名前のレストランに行きました。ドライバーさんもすごく良いと一押しのレストランです。しかし、中の雰囲気は私たちが想像する良いレストランとは一味違います(笑)

いわゆるナイトクラブみたいな、踊れるスペースがあり、大音量で音楽がガンガンかかっているギラギラしたキャバレーのようなレストランです(笑)


地元の裕福そうなファミリーが大枚はたいて食事を楽しんでいました。誕生日会や、ちょっとしたパーティで使うようです。


食べたアフガニスタン料理は「ソイ?」なる醤油風味の炒め物、名前失念したラム肉のボイルです。


ソイはとても塩辛く食べるのに精いっぱいでしたが、懐かしいようななんというか面白い味でした。ラム肉は私の大好物というのもあってただのボイルでしたがおいしかったです。


2回にわたって旅の報告をさせていただきました。


メディプレでリトリートプログラムを実施している際に、お話の時間などでまたご紹介しようと思います。


ウズベキスタンはこれから人気になること間違いありません!


治安もよく、物価も安くて、インスタ映えする観光地がたくさんあります!もしよかったら、一足伸ばしてテルメズの仏教遺跡も巡ってみてはいかがでしょうか!?新たな発見がきっとあると思います。


 
 
 

最新記事

すべて表示
ウズベキスタンの仏教聖地を訪ねる①

8月中旬から夏季休暇を頂戴しております。 毎年恒例の仏教聖地巡りというテーマで、今年は「ウズベキスタン」「タジキスタン」の2か国を旅しています。 このブログを書いているのはタジキスタンの首都ドゥシャンベのホテルからです。...

 
 
 

コメント


bottom of page