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原点回帰している21世紀の仏教②

  • 執筆者の写真: meditationtokyotak
    meditationtokyotak
  • 2025年7月16日
  • 読了時間: 5分

難行苦行をしていたころの釈迦
難行苦行をしていたころの釈迦

「オリジナルの仏教」はどんな教えなのか!?


こんな疑問にお答えするのがこの記事のテーマです。


まずは簡単に歴史の話をします。


今から約2500年前にブッダと呼ばれた釈迦は活動していました。(考古学調査からも、おそらく彼は存在していたのだろうとされています。)

現在のネパール・ルンビニ近郊を治めていたコーサラ国の属国の王家が実家です。王家に生まれた王子様ですから、子どもの頃から何不自由なく幸せな生活を送っていたそうです。


当時のインド・ネパールでは、元々いろいろな神様を大切にする多神教の文化がありました。日本の古代神話と同じで、たくさんの神々が信じられて、大切にされていました。

この価値観を作ったのが「バラモン教」という教えです。今のヒンドゥー教につながる、とても興味深い宗教の一つです。釈迦ももちろん、神様を大事して生きていたのだんじゃないかと、、、。確証はありませんが、きっとそうだったと思います。


ところが、この「バラモン教」は裏の面も持ち合わせています。それが、いわゆるカースト制と呼ばれる身分制度です。神様にお願いごとをしたり、徳を積んで良い世界に生まれ変わりを望むなら、カーストで一番上位に君臨する「バラモンさん」(聖職者)にお金を渡したりしなければならないことも。他にも、バラモンさんに従うことが求められたり、身分を超えて人々の交流ができない息苦しさもありました。


そんな息苦しい時代の中、釈迦をはじめとした王族たちが徐々に力をつけていった時代でもあります。王族たちは「クシャトリヤ」という2番目の身分です。バラモンさんより下に置かれていたのがミソです。

バラモンさんたちは長きに渡り、既得権益を守ることに腐心し、だんだんと信用を失っていっていました。その中で、クシャトリヤさんたちは政治をし、敵から人民を守り、田畑を計画的に整備して徴税することに成功しています。バラモンさんに付き従うことなく、自分たちで社会を動かしたいという力が働きます。


さあ、話を整理しましょう!


釈迦が生まれた頃のインド・ネパール地域では、バラモン教の権威は無くなり、新しい価値観で生きていくことが流行っていた時代なのです。


なんとなく、今の日本に似ているなと・・・。


終身雇用は崩壊し、社会保険や年金制度も不安が残る中、少子高齢化でいびつな人口構造をしている日本。この先どうやって生きていったらいいのだろうか。大手企業に就職したとしても、一生幸せかどうかなんてわからない。何か新しい価値観で生きてみたい。


インドに話を戻します。


釈迦が幼かった頃、当時「シュラマナ(日本語訳:沙門)」というムーブが流行っていました。シュラマナとは出家して、何の価値観にも縛られず気ままに生きている人たちです。シュラマナたちは、都市を離れて森の中や山の中で暮らしていたようです。バラモンを通じなくても神と対話できるかも!?なんて思って、様々な難行苦行を自分で考案しては試して暮らしていたようです。


釈迦がどこでこのシュラマナの存在を知ったのかはわかりませんが、当時流行っていた風変わりな生き方をする人たちに憧れたようです。クシャトリヤ出身ということで、バラモン教の価値観に対して懐疑的だったのかもしれません。

そのまま王子として不自由ないレールを進めばいいのにも関わらず、家出してついにシュラマナになってしまいました!仏教が生まれる前の、ちょっとした逸話です。


実は様々なシュラマナがいたこともあって、インドではこの時期にたくさんの宗教や哲学が生まれています。例えば、ジャイナ教もまったく同じ時期に誕生しています。


混沌とした時期を迎えると、何か新しいムーブが起きるんでしょうね。

釈迦の話に戻ります。


釈迦は6年間シュラマナとして、森に籠ったりしてプー太郎生活をしていました。前半は、いろいろなシュラマナに入門して瞑想を教わっていました。後半は、難行苦行にチャレンジしていたようです。当時のシュラマナの中でも、流行がありまして、それが難行苦行です。

どこまで本当の話かわかりませんが、何か月も断食をしたり、水行と言って水のなかで生活をしたり、とにかくエキセントリックさを競争しあうカルチャーがあったようです。


釈迦のすごいところは、この難行苦行に見切りをつけたということです。


競争し合って、他人のできないことを探し続けることは、世の中の普通の価値観と一緒じゃないか!(と言ったかはわかりませんが)


そこで釈迦は自分の生き方を再び整理してみることにしました。


インド・ブッダガヤの菩提樹の木の下で瞑想をしました。

そして、そこで人が生きることとは自然の法則を理解して、それを受け入れながら生きていくことではないか!と。


これが悟りと言われるものです。(もっと深遠だとは思いますが)


これが仏教のはじまりなのです。


さあ、この記事のまとめです。


釈迦は


  • 「反バラモン教」の世界観という立場の人

  • 一般の価値観の中では生きられない人のために道を示した

  • 自然法則を理解しよう


この三点で活動をしていたのです。


最後の「自然法則を理解しよう」、これが「オリジナルの仏教」の教えです。

いわゆる諸行無常です。


世の中は、自然の力、人々の思惑、運やタイミングなど、予想不可能な要因で作られている。


しかし、人間はどうにかしてそれをコントロールしたいと思ってしまう。それが欲。


身近に手に入る程度の欲求ならまだいいのかもしれません。しかし、欲はあれもこれもと雪だるま式に増えるという性質があります。


欲が増え続ける限り、自然に逆らって生きることになるでしょ、と。

欲を追い求める生き方は、結局旧態依然とした価値観で生きるとでしょ、と。


諸行無常を理解して、欲を無くしていく練習をしましょう!それが仏教です。

新しいライフスタイル(価値観)の誕生でした。


最後に、欲をコントロールするための方法も釈迦は示しました。


それが、瞑想です。


メディテーションプレイス東京高尾

ひで





 
 
 

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