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原点回帰している21世紀の仏教①

  • 執筆者の写真: meditationtokyotak
    meditationtokyotak
  • 2025年7月15日
  • 読了時間: 5分
ネパール・ルンビニ(釈迦の生誕地)
ネパール・ルンビニ(釈迦の生誕地)

仏教やお寺と聞いて一番にイメージすることが「お葬式」とか「法事」でしょうか。亡くなった親族を供養する行事でお世話になることがありますよね。


私も、幼少の頃、仏教や神道について知識がなかった時代がありました。その頃のかすかな思い出の一つに、親戚のお葬式や法事でお会いしたお坊さんに、お寺でのお参りがありました。爾来、「お寺」「仏教」は湿っぽいイメージを持ち、なんだか暗い宗教だなと感じる部分がありました。


それよりもむしろ、神社の方が華やかで明るくて、結婚式のイメージなんかもあいまって素敵な印象を持っていたものです。


それから長い年月をかけ、神社仏閣や宗教について学び、ようやく自分の中でも整理がついてきたので皆さんに共有しようと思います。


今回からしばらくは、「原点回帰している21世紀の仏教」というテーマでシェアをしてみようと思います。


まず結論から。

仏教のトレンドは「初期仏教」や「原始仏教」と言われるオリジナルの姿に立ち返る動きが活発になってきているということ。

インドで約2500年前に生まれた、釈迦が説いていた教えに戻ろうという動き。


私が指導している、マインドフルネス瞑想も、元々は初期仏教(原始仏教)の教えの中から洗練されていった世界観で構築されています。


原点回帰している理由について私なりの考察を


  • 多様化している社会において、本質的なものを知りたい(求めたい)という欲求

  • 情報化社会において心が落ち着かないため、安らぎや落ち着きを求めたい欲求

  • 既存仏教(昔ながらの伝統的なお寺)は、死者供養に特化していて自分の悩みや不安を解決してくれないという不満の蓄積


以上3点が挙げられます。もしかしたら、他の要因もきっとあるでしょう。


その理由も、グローバル(世界)のトレンドと日本独自の状況とでは微妙に温度差がある状況です。


世界的には上記2点の「欲求」の部分がメインの理由になっていると思われます。特に、最近では欧米で仏教をはじめ、アジア各地の思想や哲学が注目を浴びています。特に、ヨガ界隈を中心に、インド哲学などは非常に人気になっています。その一環として、仏教も注目をされ、少ないですが出家してお坊さんになる欧米人も出てきています。近年では、アップル創業者のスティーブ・ジョブズさんも、仏教を学んでいたという逸話は有名ですよね。


日本の中で考えると、黄色でハイライトした部分がメインなのではないでしょうか!?

お葬式でお経を唱えてもらってお布施を払い、お墓を立てる際にお布施を払い、やれ3回忌だ7回忌だと定期的にお布施を取られ・・・。金を払って、何も返ってくるものはないじゃないか!


という、不満があるのでしょう。非常によくわかります!

お坊さんとのお付き合いは死者供養の時にしか登場せず、普段はまったくご縁がない。こんなご家庭がほとんどなのではないかと思います。


さあ、ここから本題です。


日本の私たちと、仏教・お寺に話を戻します。


今から2500年前、ブッダと呼ばれる釈迦がインドで活動をしていました。


釈迦は、僧侶の仕事は葬式だとは言っていないのです。


当時、釈迦の下には、多くの弟子や信者が集まってきていましたが、巨大な宗教団体ではありませんでした。今風のことばで言えば、「サークル」とか「クラブ」でしょうかね。


活動目的は「心のざわつきのない生活をしよう」


人の心がざわつく時とは色々あります。

例えば、美味しそうな食べ物を見て食欲が湧く時、あるいは人の生活を見ていいなあと羨ましく思う時、他にも日々たくさんのざわつきがあります。


いずれも、人間の感情が動き、欲求が出てくることが人間の本質であり、それらを追い求める世界観が通常の人間の社会。

しかし、仏教の考えは逆です。


欲求を追い求めるから、それが叶わなかった時に心が寂しく(虚しく)なるのだと。

世の中は諸行無常で動いているのだから、叶わないことだってあるのが自然。その事実を受け入れられないと息苦しくなってしまいます。


古代インドの中でも当たり前の生活規範や、大事にされていた価値観があったのでしょう。


しかし、中には当たり前の価値観、世間一般の価値観で生きていくことが辛い人もたくさんいたのだと思われます。

そんな、当たり前の価値観で生きることが難しい人のための「サークル」「クラブ」がありました。


それが仏教です。


欲を追い求める生活は苦しい。だから、欲を徹底的に無くしていく生活をしよう!それが、平安で、やすらかな生き方なのだ。


元々は生きている人が、苦しみを離れ、安らかで穏やかな人生を送るための教えを説いていたのが釈迦なのです。そして、それが仏教の起源です。


私たちは、釈迦の教えに従って、安らかで穏やかな生活を送ることを目指すことができます。

その目的は、私たち自身のためです。自己の幸せ追求(ここでいう幸せは、物理的な欲求を満たすこととは別の話)のために、生活を見直し、考え方を見直していくことこそ、仏教の本質的な部分なのではないでしょうか。


だから、死者供養に特化したこれまでの日本のお寺に道を求めるのではなく、インドで生まれたオリジナルの教えに近づこうという原点回帰運動が進んでいるのかもしれません。


次回は、オリジナルの仏教の教えとは、どんなものだったのかまとめようと思います。


メディテーションプレイス東京高尾

マインドフルネススペシャリスト ひで

 
 
 

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